ブラッとするには 丁度良い距離

by スタジオ亜空間

☆ 未来を探して 今日も何処かを ブラッとしています 平岡莉貴 ☆

天使の瞳


 ガーガービービー。
  フィリピンの朝は早い。6時前だと云うのに、すでにマニラは動いている。
  けたたましいジプニーのホーンとエンジンの音に目がさめた。
  ・・・と、カッコよく表現したかった。
  が、ジプニーの音に目を覚まされる前に、エアコンの音に起こされていた。いや、ほとんど眠れなかった、と書くべきだ。
  堅いベッドに、効きすぎるエアコン。オイルが切れたコンプレッサーからは容赦無く騒音の嵐が吹き付ける。ダブルのベッドに、キャンピングでよく使われるボンボンベッドひとつ。そこに眠った3人の男たちは一様に睡眠不足になっていた。
  深夜から始まったフィリピンの旅は、見事なフィリピンらしさで、朝を迎えさせてくれたわけだ。
           
  「Rickyさん眠れました?」
  同室の福井君が眠そうに荷物を整理しながら言った。
  同じく同室の佐々木君も同じだったらしく、眠そうに、そして寒そうにしてる。
  寒そうに...そうなのだ。南国のフィリピンで何故寒いのか、安ペンションではあるがエアコンはきっちりと装備されている。そしてそのエアコンは、コントロール部分が壊れていて、どんどん部屋の温度を下げてくれる、と言うシロモノだ。
  切れば、暑い。といって一晩中起きてスイッチを入れたり切ったりする事は不可能だろう。冷えるに任せなければならなかった。
  「おはようございます。Rickyさん。よく眠れました?」
  ロビーに降りたところで、事務局の高田さんが声をかけてきた。
  「おはようございます。いやあ、寒くて・・・それにエアコンの音がうるさくて」
  「本当に?? 私たちの部屋も同じでした。みんな眠れなかったようです」
  全員フィリピンの朝を実感したことだろうと思う。
           
  Rickyさん。そうなのだ。私はネットの仲間からはもちろんのこと、仕事関係そしてSCJの仲間からも、マジでRickyさんと呼ばれている。
  日本の街中でそう呼ばれることには、もう慣れてしまったけれど、本場の外国でそう呼ばれることは、やはり気恥ずかしさを感じる。
           
  話がそれてしまったが、1泊1000円也のヤスミンペンションの前の路上から話を再開する。
  朝6時。SCJフィリピンオフィスのマイクロバスが私たちを迎えに来た。
  すでにプラザホテル組が乗っている。さぞ快適な夜を過ごせた事だろう。しかし、文句は言うまい。彼らは自前+アルファーで来ているのだから。
  プラザホテル組の幾人かとはすでに面識があるが、初対面のメンバーもいる。
  車の中で配られた朝食のパンとマンゴージュースを口にしながら、簡単な自己紹介を行い、その後上田ディレクターのフィリピンオフィスの活動状況を聞きながら、車は北上しパンパンガ州へ向かう。
  ピナトゥボ火山の噴火で被災し、自分達の村を捨てなければならなくなった小数民族アエタ族の集落がある場所だ。
  狩猟民族であり、文化圏と交流を持たなかった彼らの生活の激変は、我々の想像を越えるものだろう。
  そんな彼らに、果たして日本人の援助協力が通じるのだろうか? それが一番気になる部分でもあった。日本人の感覚での協力が、どのように受け取られているかしっかりと見なければならない。そう思っていた。
  「おはようございます」
  途中立ち寄ったマーケットで、突然若い女性が乗り込んできた。
  な、なんと懐かしい顔だ。
  かつてボランティアとして日本で活動していて、現在フィリピン大学に留学中の園崎としこさんだった。日本で暫く見ないと思っていたら、思わぬところでの再会だ。
  余談になるが、彼女がパラソルを差し、牛車の後ろにちょこんと座っている写真を撮影した。この写真は今回発表用にセレクトした写真の中でも、上位に挙げられる出来映えだった。
           
  パンパンガ州ポーラックにあるSCJピナトゥボスタッフハウスで、現地のフィリピン人スタッフと合流して、マイクロバスが入れる最終地点にある、アエタ族の集落に到着した。9時少し前だった。
  崩れかけた建物で子供達が勉強している。
  40人はいる。窓に腰掛けた子供たち。ベンチに座って熱心にノートを見つめている子供たち。地面に絵を書いている子供たち。
  日本と比べるべきでは無いが、恵まれすぎている日本の子供達よりも、彼らの方が輝いている、と感じたのは間違いなのだろうか?
           
  ひとりの少年が前に出て、黒板に短い線を何本も引いている。
  真っ直ぐな線を平行に引く練習を行っているのだ。
  文字を持たないアエタ族には、まずえんぴつを持つ事から教えなければならない。
  平行な縦の線が次々に、ゆっくり、そして力強く引かれていく。
  平行に引かれた線は、徐々に斜めになって、ついに交差する。
  線は交差しても、力強さは同じだ。
  友達と話しをしながら、絵を描いている子供がいる。
  たよりなく、えんぴつを持つ小さな女の子が目についた。
  そっとカメラを向けた。
  それに気づいた少女は、はにかみながら振り向いた。
  少女の目がレンズを向く一瞬前にレリーズした。
  0.08秒後にシャッター幕が開き始め、正確に1/60秒後に、閉じた。
  フィルムにしっかりと焼き付いたのは、まぎれもなく天使の瞳だった。
  未来を確実に見つめる、天使の瞳だった。
  ファインダーの中で、天使の瞳は微笑んでいた。
           
  子供達は今の環境に、充分に溶け込んでいる。SCJのスタッフ達にも、だ。
  そう言えば酋長を始め大人達も全員生き生きとしている。目が輝いている。SCJスタッフの指示にも効率よく動いているようだ。アエタ族のボランティア達も、自分達の未来の為に生き生きと働いている。彼らの意志を尊重しながらプロジェクトを進行しているのだろう。お互いにうまくかみ合っている事がよくわかる。
  小さな子供を抱き上げて、袋に入れてバネバカリに吊るす。
  横では、手作りの身長測定機に子供を立たせている。
  子供の成長記録も大事な仕事だ。
  アエタ族の人達にとっては、初めての経験だろう。だが、何の違和感もなく進められている。
           
  この集落でSCJが行っているプロジェクトは、”ピナトゥボ総合開発事業”と名付けられ、子供達の健康に関する「児童福祉事業」、将来に向けての「教育事業」、生活のための「農業事業」、そして生活環境改善の為の「インフラ整備事業」等だ。
  このインフラ整備事業については、水に乏しいこの土地に掘った井戸による給水システムの完成式が、今日行われる。
  本日のメインイベントだ。
  アエタ族の主だった人々、現地のフィリピン人スタッフ、そして我々が集まった。アエタ族式のセレモニーが行われる。
  全員手を繋いで、アエタ族の祈りの言葉が始まる。
  輪を離れ、一人私だけが動き回っていた。この厳粛な感動を、日本の人達に確実に伝えなければならない。重大な責任を感じた。
  祈りの後で、SCJの理事長である立野純三氏がポンプの梃子の縄を切った。
  いよいよ豊かな水が、彼らを潤す事だろう。
           
  「Ricky」
  誰かが呼んだ。
  聞き覚えの無い声だ。日本人が呼んだのではない。
  いったい誰が私の名前を知っているのだろうか?
  声のした方を見る。フィリピン人スタッフがひとり、走って来るのが見えた。
  その後、園崎さんが私を彼に紹介した。
  「こちらはRickyさん。彼もRickyさん」
  こんな時くらい、日本名の莉貴(リキ)と呼んでくれ・・・
  このときほど、Rickyと呼ばれるのが恥ずかしかったことはなかった。
  もっとも、以後ふたりは仲良くなり、”ふたりRicky”が大活躍したのは言うまでもない。
           
  「そろそろ、昼食に行きましょう」
  時刻は11時30分。上田ディレクターがみんなを促した。
  「今日はアエタ族の人達が、心を込めて手作りの料理をご馳走してくれます。食堂に行きましょう」
  「手作りの料理ですか。それは楽しみですね。食堂はどこにあるのですか?」
  「ええ。あの山の上です」
  「!!!???」
  フィリピンのさわやかな空気に包まれた山並みに向かって、静かに、細い、一本の道が続いていた。延々と......。
           

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